前の投稿:漢字「成績」の物語 ② ーその恐るべき出生ー
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最終回
長かった漢字「成績」の物語も、こちらの第三部が最終回になります。あまりの長さと、独特な内容に、途中そっ閉じの方が98%と思われるなか、第三部のここまで読んで頂いた2%の(物好きな)皆様に誠に厚く御礼申し上げます。
(-人-)
本題に戻りますと、白川博士の字統によれば、成績の原義はscoreを意味するものではなく、「軍事的勝利により、賦貢の納入が規定に達すること」を成績(績ヲ成ス)といい、規定に達しないことを弗績(不績)といいました(※弗には「二つに分離」→「否定」の意味がある)
〔南史、呉喜伝〕においても、成績は軍事用語として使われています。魏晋南北朝の、南北朝期にあたります。まだ科挙が始まる前の時代です。
| 「巣尚之曰く、喜、沈慶之に隨ひ、累(しき)りに軍旅を經たり。性既に勇決、又戰陣に習ふ。若し能(よ)く之れに任ぜば、必ず成績有らんと。喜乃ち東討す。」 意訳:巣尚之「喜は沈清之に従って幾多の戦役を遂行した。生来勇敢で決断力があり、陣形作りにも熟達している。もしこの任務を任せるならば、必ずや成績(戦略的勝利)が有るだろう。」喜は東征に赴いた。 |
大事なことなので2度言います。敵を討ち破ったのち、支配層を族滅せしめ、さらに賦貢績徴収のノルマ達成をもって績を成す=成績だったのです。

軍事行動に敗れて賦貢がゼロだと敗績です。【楚辞、離騒】に「皇輿の敗績せんことを恐る」の句があります。王は軍士に績を責任としてノルマを課しているのです。生死を賭けた極限のプレッシャーです。この DEAD OR ALIVE の構造は大学入試や国家資格試験のAll or Nothingの過酷さと酷似しています。受験指導塾・予備校や教材に多額の課金をして、貴重な時間を費やし、人生を賭けて、規定合格点に達するべく勉強し、プレッシャーに耐えて、最後は運も味方につけて、やっと合格率5%未満の本試験に合格、ハッピーエンド…では終わりません。それだけして、やっと得た合格は通過点に過ぎず、次は実務上の成果が求められます。敗績=不合格になればスタートラインにすら立てません。富も名誉も時間も、すべてを失うというわけです。

周王朝 DEAD OR ALIVE の評価構造
| 戦いに勝利し、新たに領土は獲得できたか? | 賦貢の徴収は、王が課した規定に達したか? | 効果 | |
| 成績 | 〇 | 〇 | 地位 名誉 財産 婚姻 陞爵 栄達 子孫 繁栄 |
| 不績 | △ | × | 戒告 譴責 懲戒 左遷 降格 減俸 肩叩 |
| 敗績 | × | ー | 亡国 赤字 失脚 離縁 罪刑 投獄 自決 犠牲者… |
成績は意思の阻害が目的の言葉だった
ここまで長々と記述してきましたが、まだ謎が残ります。周王朝のDEAD OR ALIVE の評価構造と、後世の官吏登用試験や、科挙制度のAll or Nothingの評価が、その過酷さ等において余りに酷似しているため、いつしか学業や試験の評価に成績の文字が使われるようになった…と思われますが、思われますの表現の通り、これは推測に過ぎません。古代の成績(ALIVE)が、試験の成績(score)に使われるようになった過程が不明で、資料も見つけることができませんでした。とはいえ状況証拠的に、科挙以降に成績は、ALIVE を意味する隠語として、内々に使われたのと考えるのが自然ではないでしょうか。通常は周王朝滅亡と共に、成績も死語になる筈です。どこかの誰かが拾って再生したのです。そのように仮定すれば、成績がこれだけ理解するのに何枚も何枚もベールを剥いでいかなければ辿り着けない理由も納得することができます。隠語ですから意思の疎通ではなく意思の阻害が必要で、意味不明な文字「糸」で表すことは、むしろ必然だった…現代日本でも中学受験に関する隠語はたくさんあります。
逆比 なぜ比が逆になるのかという過程をすっ飛ばし、結果のみを取り上げて強調するための用語。
コアプラス サピックスの理科、社会の教材。
カリテ カリキュラムテストの前は借りてきた猫のようになっている現象。
お客さん 上位クラス以外の、ただ通っている(ように見える)生徒。
お地蔵さん 講義中、理解できずに固まっている(ように見える)状態。
GS特訓 ゴールデンウィークサピックスの略。 朝の9時から夕方の5時まで授業を行う。休憩時間は30分。
島津パパ 漫画『二月の勝者』に登場する島津家のように振る舞う父の事。
ある高専でも、成績に関する隠語が、勉強会で飛び交います。(元ネタは、るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-のようです)
破壊神 クラストップ
十賢 上から10番以内
十本刀 下から10番以内
守護神 クラス最下位
絶対的破壊神、永遠の破壊神 常に成績トップを取り続ける生徒
https://kosen-sei.site/score/
第100代内閣総理大臣の母校ではクラス最下位をとった生徒のことをアーサー王伝説(聖剣エクスカリバーを抜くほどの力があるのに、肝心なところで失敗する伝説の王)になぞらえてアーサー。成績がクラスで下から2~13番目は円卓の騎士(アーサー王の側近12名に準えて)と呼ぶようです。今成績が悪くても、地力があることは認めており、「剣よりペンの方が強い」と笑いに変えているのです。

まさか成績は大昔の冗句(joke)だった?
このように受験生、関係者は受験関係用語、隠語を使うのが好きです。隠語って若干笑ってしまいますね。ブラックなスパイスも欠かせません。隠語には短縮・隠蔽・親和・集団帰属意識強化の他に、試験の精神的重圧・漠然とした未来への不安を、少しでも笑って中和させる精神安定的作用が若干あります。古代の受験生たちも同様に、その過酷さ故に成績や敗績という周時代にはDEAD OR ALIVEを意味していた物騒な言葉を比喩的かつ自虐的に使い、そして言葉の裏側の笑えない部分をしみじみと噛み締めたのでしょう。

試験というものは受験人口の増加や、受験生側の対策が進むことで更に難化します。当初は隠語だったものが試験が難化するにつれ試験関係用語になっていったのでしょう。1970年代の日本にも受験地獄という受験用語があったといいます。実際に阿鼻地獄や叫喚地獄に落ちるわけではありませんが、競争率の激化によって受験生にとっては人生を賭した厳しい状況になっていったと。ほんの50年前のことですが全入学時代になった令和の日本では実感としては分からないものがあります。
この記事では、成績は古代の受験生・関係者の隠語・用語が一般化し、現代まで生き延びた、例外中の例外ともいえる言葉と結論付けます。当時の特殊な比喩表現ですから、現代人には余計に理解することが困難で意味不明です。50年前の日本の感覚ですら理解が難しいというのに、まさか数千年前の東部ユーラシア大陸のブラックジョークの感覚まで感知しないといけないとは(^_^;)
◎漢字「成績」を理解する為に必要な一般知識等
・地理・歴史・気象
・生物・軍事・政治
・経済・税制・農業
・経営管理・立柱祭祀・地政学・SNS
・古代のジョーク←NEW!!
ユーラシア大陸との、適切な距離感
成績は約3000年の時空を超えた、人々の歴史、栄枯盛衰、生きる厳しさ、紙一重の差、時の運、受験生の悲喜、不条理の世界…といったものが現代にまで伝わり、そしてひとつに繋がる、ながい長い物語といえるのではないでしょうか。
「地名はその土地の記憶」といいます。地名に記憶が刻まれているなら、漢字にもその歴史の記憶が刻まれているに違いありません。漢字の由来をひも解けば、大陸の厳しい現実を生き延び、巨大プロジェクトを成功させてきた大陸の人々の思いが甦ります。同時に大陸文化や漢字等の良いものだけを抽出し取り入れ、「バトルロワイアル・残虐な風習・恐ろしい漢字の由来」を拒絶してきた我が国のご先祖様の取捨選択の知恵にも頭が下がります。古代から受け継がれた人々の営み、伝統文化、歴史を映し出す言葉もまた、かけがえのない未来への遺産と思います。
白川博士の故郷、福井県小学校の古代文字の授業において、泣き出してしまう子がいるといいます。自身の名前の文字の由来が恐ろしい事を知ってそうなる子が稀にいるそうです。泣く必要はまったくないのです。なぜなら日本の漢字は残虐さの欠片も無い誇り高き日本の文字であって、磨き上げられた日本語そのものなのです。(日本人の良いとこ取りの精神。大陸の悪いものは取り入れない精神)古の菅原道真公の遣唐使廃止をけじめとして、大陸の残酷な文化風習刑罰とは訣別しているのが日本です。道真に聞いても「泣く必要は無い」とキッパリ答えることでしょう。

まとめ(なぜ成績は績なのか?)
①3000年前の国際通貨は宝貝だった。※アンダーソン (J. G. Andersson) 松崎寿和訳『黄土地帯』1987, 六興出版
②金文によれば、周王朝はa.財貨、b.諸侯に下賜する賞賜、c.呪術的装飾品、d.遠くは印度との交易(後のシルクロード交易の原型は既にあり、殷ー天山山脈交易路ーオクサスーインドルートは開かれていた)の媒介等ために、宝貝が必要だった。
③国際的に競争力のある高品質の絹織物を輸出し、東南アジアから宝貝を輸入した。※後の漢代以降、絹織物(シルク)はシルクロードを通じてユーラシア全域に伝わった。
④より多くの宝貝を得るため、周王は周辺諸国を攻め、華表を立て、蚕糸織布他を賦貢として取り立てることを、配下の軍士たちに命じた。
⑤やがて織布の賦貢を表すために、甲骨文字の時代には無かった績という漢字が新たに作られた。
⑥績の納入が規定に達することを成績といい、達しないことを不績といった。
⑦魏晋南北朝時代までは軍事用語として使われた成績は、軍士たちに課せられた重責を意味するものだった。その失敗を敗績といい、敗績は全てが終わることを意味した。
⑧このDEAD OR ALIVE の評価構造と、後世の官吏登用試験(科挙制度)のAll or Nothingの評価が、その過酷さ等において余りに酷似しているため、いつしか学業や試験の評価に成績が隠語・試験関係用語がブラックジョークとして比喩的に使われるようになった。
⑨用語が浸透し、ジョークの要素が薄れ往き、一般語になった成績は、浸透の仮定で、周の時代の成績・不績・敗績、全ての意味が、成績に統一(吸収合併)されるが、難関試験の9割以上が不合格になることを考えると、敗績の隠された存在感が内実として大きい。
⑩古代と現代の成績で決定的な相違点。古代の敗績に命の保証は無かったが、現代の試験は不合格でも命まで取られることはない。


